リペアムーブメントの現在地
オランダ・アムステルダム
2026.06.26 Fri

今、リペアについて語る上で欠かせないのが欧州の取り組みだろう。サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現に向けて、リペア(修理)を身近にする先進的な取り組みが加速している。その代表例と言えるのが、地域のボランティアがあらゆるものの修理を手伝ってくれるオランダ発祥の「リペアカフェ」だ。公民館などの公共の場で定期開催されるこのコミュニティは、オランダ全体で500カ所以上、アムステルダムには40〜50カ所存在しており、リペアムーブメントを加速させる試みとして注目を集めている。
日本でも導入され始めたこのリペアカフェのキーマンの一人が、瀬沢正人さんだ。2024年に映画『The Repair Cafe』を制作し、各地での上映会や登壇イベントを通じて、リペアカフェの魅力とリペアの真価について伝えている。人々はどうしたらリペアを選択するようになるのか、リペアカフェが広がっていくことで社会はどう変わっていくのだろうか、今回共同でリサーチを進めていく「ロフトワーク」クリエイティブディレクターの永島啓太とFRLの上沢勇人の二人が訊き手となり、瀬沢正人さんに話を伺った。
瀬沢正人
オランダ・アムステルダム在住。サステナビリティやサーキュラーエコノミー領域で映像制作、リサーチ、企業や行政との共創プロジェクトを手がける。監督作『The Repair Cafe』は、企画・撮影・編集・翻訳を一貫して担当し、2025年アムステルダム地域映画祭にノミネートされる。電機メーカーやアパレルブランドと協働し、循環型社会に向けたストーリーテリングやリペア文化の社会実装に関わる。

愛着なしにリペアは語れない?
瀬沢さんとリペアカフェの関わりからまず教えてください。
知ったのは4年ほど前です。アムステルダムを旅行中、偶然知り合った方が地域のリペアカフェを主催されていたというのがご縁でした。最初は参加者として修理に通うようになり、今度は映画の撮影・取材で出入りし、今はボランティアとして携わっています。
欧州、とりわけオランダと日本を比較して、リペアに対する関心度に違いはあるのでしょうか?
リペアカフェに来る方を見ていると、必ずしもサステナビリティへの意識が高い方ばかりではありません。なので、マインドセット的には大きな違いはないと思うのですが、リペアを選択するまでの思考回路がオランダ人と日本人で異なるのは興味深いところです。オランダ人は合理的に物事を考えます。例えばテレビのスイッチが動かなくなってしまったとして、一部が壊れたことでその製品が使えなくなるのは非合理であって、だからリペアできるならしようと考える。一方、日本人は長く大事に使ってきたから、あるいは人からの贈り物だから捨ててしまうのはモノに対して申し訳ないと考える方が多いのかなと思います。
いわゆるアニミズム的な考えですね。
はい。日本人はモノにも魂が宿っているから“もったいない”と考える。そこが大きな違いかもしれません。ですから、オランダと同じやり方をするのではなく、日本人なりの“愛着”に根ざしたアプローチをしていけば、日本でもリペアムーブメントが巻き起こる可能性は多いにあると思います。
今回のリサーチにおいて、「いかに愛着を形成してあげるか」がリペアの循環を生み出す重要な要素と捉えているのですが、オランダのリペアカフェでも愛着がリペアを促した事例はありますか?
そうですね。私が思うに、愛着には二つ矢印があって、一つは自分の持ち物に対する愛着、もう一つは修理に関わってくれた人やコミュニティに対して生じる愛着があるのではないでしょうか。これは以前私がリペアカフェで出会った60代くらいの男性の話です。最初は奥さんの付き添いで来られて、コーヒーを飲みながらみんなが修理している様子を静かに見ていたのですが、後日リペアカフェに行ってみると、その方が壊れた電化製品を持ち込んで修理に参加していました。さらに次に会ったときには、ナイフ・包丁研ぎのリペアボランティアをされていたんです。
彼になぜボランティアをする気になったのか尋ねてみると、「僕が持ってきたものをこの地域のボランティアの方々が一生懸命修理してくれたんだ。自分がしてもらったことは返していきたいし、自分も何かこのコミュニティの役に立ちたいんだ」とおっしゃったんですね。まさにリペアという行為を通して、コミュニティや地域への愛着が深まっていった事例だと思います。ですが、修理を喚起するには愛着だけではない他のファクターが必要だとも思っています。
今回のリペアについてのリサーチの出発点は、まさに愛着だったんです。大手企業が発表した、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)の実現に向けたレポートによれば、リペアの循環には愛着形成が最も重要であり、モノに関わること(=リペア行動)で長く使うようになり、愛着が生まれ、それがまたリペア行動を促すとありました。しかしそれだといわゆる「卵が先か、鶏が先か」の状態と言いますか、愛着があれば長く使うしリペアもするけれど、そもそも長く使うにも愛着は必要になってくるのではないかと。そう考えると、愛着以外に何が必要だと思いますか?
やはりコストが一番の障壁だと考えていまして、リペアにかけていいとするコストは購入金額の約30〜40%が妥当という検証データも公開されています。そのための施策の一つとして、フランスではボーナスクーポン制度というものが導入されています。これはリペアに出すアイテムがクーポンの対象であれば、品目や修理内容ごとに定められた一定額が修理代から差し引かれるというものです。オランダでも各自治体ベースで実証的な取り組みが始まっていて、修理費が新品価格に対して高く感じられるというハードルを下げることで、リペアが喚起されやすくなることが期待されています。
メーカー視点で見たリペアカフェの有用性
リペアカフェが普及して、あたりまえのようにみんなが修理を選択する社会の実現には、我々生活者のマインドセットの変容だけでなく、供給側による持続的なシステム構築、金銭的なインセンティブの両軸が必要ということですね。
経済的に安く済むというのは外せないと思います。ただ、サステナブルという意識に働きかけるだけではなく、先ほど愛着の話で申し上げたとおり、様々な人たちと関われるコミュニティとしての楽しさや、修理技術の習得などの知的好奇心や向上心に働きかけるなどの、喜べるものにフォーカスを当てていくことも必要だと思っています。
そもそもリペアの障壁になっているものにはどのような要因が考えられますか?
些細なことの積み重ねが障壁になっていくと思うのですが、修理コスト以外には、
・そもそも修理が選択肢として思い浮かばない
・スペアパーツや修理ガイドが入手できない
・修理できる場所へのアクセスが困難
・修理サービスやリペアカフェの存在を知らない
・自分で修理できるという自信の欠如
・リペアラーや熟練した修理技術者の不足
・製品設計が修理を前提としていない
・修理における過去の失敗体験
といったものが挙げられます。特に自信の欠如であるとか、そもそも修理が選択肢として思いつかないという最初のハードルを越えるには、リペアカフェは有効だと思っています。
モノやコミュニティへの愛着がリペアの動機付けとしてこれまでフォーカスされてきたと思いますが、他にどのような要素が考えられると思いますか?
リペアには生活者以外にも多くのステークホルダーが存在し、それぞれ異なるアプローチをする必要があると思っています。例えばメーカー側にリペアに興味を持ってもらうとしましょう。相手の立場に立ったとき、この製品はここが壊れやすいだとか、そういったクレームは日々入ってくるかもしれませんが、この製品のここが好きで何年間使い続けているだとか、こういう思い出が詰まっているといった、ポジティブなフィードバックを得る機会って意外と少ないんじゃないでしょうか。その点リペアカフェという場所にはポジティブなフィードバックが溢れています。リペアカフェの大きな特徴は、参加者同士やリペアラーとの間で様々な情報の交換が行われていることです。なので、そういった情報を得たいメーカーにとっては貴重な情報収集の場になりますし、裏を返せば、企業にとってリペアを前提としたものづくりをアピールする場にもなり得る。近年、日本でもリペアカフェが少しずつ開催されるようになってきていますが、ゆくゆくはそういった企業との連携が実現していってほしいと思います。
興味深いですね。これまでは割と生活者目線でばかりリペアのことが語られてきたので、行政や法人といったステークホルダーの観点からも考え、リペアサービスの供給をどう安定させるのかを考えてみることが大事かもしれません。
ゴールドウインでもリペアイベントを開催し始めているところですが、参加者にリペアの機会や場を提供するだけではない、独自の関わり方というのも考えていきたいですね。
リペアが当たり前になった未来とは
近年アムステルダムとロンドンに開設されたユナイテッド・リペア・センターのように、有料のリペアサービスというのも増えつつあります。リペアカフェの誕生というのは、リペアのループの様々な入り口を作っている最中でもあると思うのですが、仮にリペアカフェみたいなものがどの自治体にも公民館レベルで浸透して、誰もが当たり前にそこに通っている未来を想像したときに、そこに行き着くために現状足りていない要素であったり、リペアカフェ以外に考え得るアプローチは何かあるのでしょうか?
リペアが浸透している社会の実現には、大きく分けて次の3つのフェーズがあると考えています。
Phase1:公民館や図書館レベルでインフラとしてリペアカフェが広まっており、かつきちんと認知されている段階。
Phase2:リペアカフェに集まるあらゆる情報、例えば「こういうところが直せたらいいのに」とった要望を集めて、社会に向けて提言していく段階。あるいは、町の修理屋さんやあらゆる民間企業が連携し始め、Right to Repair(修理する権利)についての議論が活発に行われている段階。
Phase3:最終的に法整備等に落とし込まれて、修理しやすい製品の台頭であったり、スペアパーツなどの修理に必要な情報に誰もがアクセスできるようになっている未来。
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Right to Repair
アメリカで2010年代初頭に広がり始めた運動で、パソコンやスマートフォン、自動車などの製品を、メーカーを介さずに生活者自身が修理できるようにする権利、または法的概念を指す。近年ヨーロッパでは環境政策の一環として推進されているこの運動は、メーカーが製品の修理を意図的に制限していることに対する生活者の反発から生まれたという背景があり、生活者のマインドセットに変化をもたらしている。
なるほど。瀬沢さんはリペアカフェを、社会の大きな歯車を回していく一手として位置付けているんですね。
リペアが社会になかなか浸透しない要因の一つとして、日本では製品安全に関わる法的枠組みが厳格であり、メーカーが自社の責任範囲やリスクを考慮した結果、消費者による修理のハードルが高くなっている側面などがあると思います。いくつもの要因が複雑に絡み合っているので、どこから手をつけていくべきかが難しい。だからこそ、そのための話し合いや連携をとりやすくする起爆剤にリペアカフェはなり得るのではないかと考えています。
情報集約も非常に重要ですね。僕たちもなぜこのようにリサーチをしているのかといえば、そもそも情報がないからです。リペアには愛着が重要な要素であることは先行研究でもわかっていることですが、次のステップとして実際に物事を動かしていくための、いわゆるトリガーがないという問題意識が今回のリサーチの出発点になっています。ですが、リペアカフェをやっていると緩やかに個人間の繋がりが生まれ、各々のノウハウが集合知になっていく意義は大きい。
聞いていて、タクティカル・アーバニズムみたいだと思いました。都市設計をするときに、いきなり公園を作りましょうと提言するのは難しいから、先にある程度地域でコンセンサスを得て、一時的に場所を立ち上げてから開発を推し進めていくというボトムアップ的な手法なんですけど、リペアカフェがやろうとしていることはそれに近い。
おっしゃる通りです。リペアカフェの活動を始めたマルティーヌ・ポストマはもともと環境ジャーナリストでして、サステナビリティとリペアに関するある展示を彼女が見たことがきっかけで、試験的にリペアカフェを開いてみたのが始まりでした。日曜大工をたしなむDIYが得意な人たちと、何か修理したいモノを持っている人たちに声をかけてみたところ、イベントは大盛況に終わり、続けていくうちにうちの地域でもやりたいという人が現れるようになったことで、組織を作って体系化していったという経緯があります。
最初はワークショップだったものがそのままインフラ化していったんですね。
サーキュラーエコノミーにおいて、リペアが果たす役割はとても大きいと考えています。リユース(中古ショップへの持ち込みや寄付)やリセール(ブランドが自社製品を回収・買取して再販売することなど)はモノを捨てないという点では一緒かもしれませんが、所有を放棄して他人任せ・企業任せにしてしまうので、生活者のマインドセットにそこまで影響を及ぼさず、持続しづらいのではないかとも思うんです。一方でリペアは、一時的に他者とモノを共同所持することでもあるし、そこに生じるある種の“手触り感”こそ重要なんじゃないかという気がするのですが、瀬沢さんはどう思いますか?
なるほど。確かにリペアという行為はメーカーと生活者がもう一度出会い直す重要なタッチポイントになると思います。しかし社会全体の仕組みを変えていくにはリペアだけでは不十分です。そのためにはリユースもリセールもリサイクルも必要であり、あらゆるステークホルダーと連携しながらより良い社会に向かっていくためのパーツの一つという認識でいます。ただ、リペアから派生するキーワードやステークホルダーというのは、他の資源循環の方法と比べて多い気がします。
その分気にかけないといけないことも多いでしょうが、いずれにせよリペアによる影響力は大きいということですね。
はい。リペアがレバレッジとなって、オセロのように盤上の石をまとめてひっくり返していく、まさに社会を変える起爆剤になれるのではないかと思っています。
なんだか料理にも似ていますね。料理という行為自体は外部委託できますが、自分で日々料理をすることで生産者や産地の環境について思いを馳せたりと、あらゆる方面に自分の興味関心が派生していきます。リペアもそういう位置付けに思えてきました。つまり、お金を払えば自動的に物事が回っていく社会において、何か大事なものを我々が取り戻すための所作であり、手元に置いておかなければならない“哲学”のようなものなのかもしれないなと。そのような視点でこのリペアに関するリサーチも捉え直してみると、新しい方向性が見えてくるかもしれない。そんなことを、今日のお話を聞いていて思いました。
その考えは面白いですね。私も「リペア=ケア」だと捉えています。リペアという行為を通じて、モノとの繋がりを取り戻し、自分に対しても自信を取り戻すことができる。あるいはその過程でモノだけでなく地域に対しても愛着が湧き、他を思いやる気持ちが社会全体に広まっていくことで、最終的にこの地球をケアすることにも繋がると思います。私にとってリペアカフェは、単にボランティアによる修理が受けられる場所ではなく、誰も寂しくさせない場所だと思っているので、これがますます広がっていけば、日本もモノに優しい社会を取り戻せる気がします。
リサーチメモ
・リペアを選択するプロセスには国民性の違いも影響するため、欧州の先行事例をただ取り入れるだけではなく、日本人に向けたアプローチを並行して考えていく必要がある。
・リペアカフェに来る参加者が次のボランティアとなり、コミュニティが維持される原動力には、自分が誰かから受けた親切や善意を、他の誰かに渡していくペイフォワード(Pay it forward)の精神がある。
・リペアの循環を生むには愛着形成が重要とされているが、生活者のマインドセットを変えていく以外にも、供給側による持続的なシステム構築や金銭的報酬の設定も必要。
・人は必ずしも正しさや善意だけで行動しないので、コミュニティとしてのたのしさや、知的好奇心や技術習得などのインセンティブに働きかけていくのも有効かもしれない。
・リペアという行為には多くのステークホルダーが存在し、メーカーなどの企業がリペアカフェに働きかけるメリットも多いのではないか。
・リペアが浸透している社会の実現には3つのフェーズがあり、リペアカフェは社会全体を動かしていくための起爆剤になり得る。
Photographs by Masato Sezawa
お話を聞いた人

IDEAS FOR GOOD編集部/クリエイティブチーム
瀬沢正人
オランダ・アムステルダム在住。サステナビリティやサーキュラーエコノミー領域で映像制作、リサーチ、企業や行政との共創プロジェクトを手がける。監督作『The Repair Cafe』は、企画・撮影・編集・翻訳を一貫して担当し、2025年アムステルダム地域映画祭にノミネートされる。日本と欧州を往復しながら、循環型社会に向けたストーリーテリングやリペア文化の社会実装に関わる。
この記事の著者

編集者/ライター
奥田祐也
1987年福岡県生まれ。出版社でカルチャー誌の編集・広告企画に携わり、2023年から北海道移住に伴いフリーランスに。趣味のアウトドアと旅の経験を活かして全国各地でジャンルレスに取材から撮影までを行う。現在は旭川近郊で古民家を自分の手でリノベーションしながら、東京と北海道の自然を行き来する暮らしをしている。



