Event Report 01

惑星のためのファッション会議|イベントレポート

私たちは日々、当たり前のように服を選び、着て、そして手放している。しかし、その一着が生まれる背景には、大量の資源やエネルギー、複雑なサプライチェーンが存在する。世界では必要量を超える衣服が生産され、その一方で大量の衣服が短期間で廃棄されていることに加え、SNSやECプラットフォームの発達によって、私たちの消費行動は年々加速し続けている。

環境問題への関心が高まり、「服を買いすぎないこと」や「環境に配慮した素材を選ぶこと」が語られる機会は増えたように思うが、それだけでファッションを取り巻く構造的な課題は解決するのだろうか。

そうした問いに対して、ファッションを単なる流行や消費の対象ではなく、社会やテクノロジー、そして地球環境との関係性のなかで捉え直そうとするのが、Synflux代表でスペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也さんによる著書『惑星のためのファッション』だ。本書では、服を選ぶ私たち一人ひとりの行動だけでなく、その背景にある仕組みにも目を向けながら、これからのファッションのあり方を考えるためのヒントとして「トランジションデザイン」という視点が示されている。

2026年3月、その刊行を記念して、フィールドリサーチラボ、Synflux、BNNの共催によるトークセッションが開催された。当日は川崎さんに加え、ゴールドウイン、ユナイテッドアローズ、ロンハーマンで、ものづくりやサステナビリティの実践を担うディレクターたちが登壇。ファッション産業が抱える課題や、これからのものづくりのあり方について、4社の視点から議論された。

さらに後半には、イベント参加者によるワークショップも実施。「ファッションをどのようにサーキュラーなシステムへ移行していけるのか」という問いを出発点に、衣服のリペアをテーマとしたラウンドテーブルも行われた。

人と服の関係。
地域とのつながり。
自然との関係性。
そして、
どんな社会を次の世代へ手渡していくのか。

この記事では、トークセッションとワークショップで交わされた対話をたどりながら、ファッションの未来について考えてみたい。


『惑星のためのファッション』が問いかけるもの

『惑星のためのファッション』が出発点としているのは、ファッション産業が抱える構造的な課題について。環境配慮素材の開発やリサイクルの取り組みは広がっているものの、それだけでは大量生産・大量消費の構造そのものを変えることは難しい。こうした状況に対して川崎さんは、問題を生活者一人ひとりの意識や行動だけに還元するのではなく、「システムの問題」として捉える必要があると指摘している。

本の中心に据えられているのが、「トランジションデザイン」という考え方。トランジションとは「移行」を意味する言葉で、理想の未来を描くだけでもなく、現在の課題を批判するだけでもなく、その未来へ向かうための道筋そのものをデザインしようとすること。重要なのは、「私たちはどんな未来を目指したいのか」「なぜ今の仕組みから抜け出せないのか」「その未来へ向かうために何が必要なのか」という3つの問いを同時に考えることだという。

その具体的な移行ルートとして、4つのデザイン戦略(ツインサプライチェーンマネジメント、ファッション・リモデル、マルチスピーシーズ・サステナビリティ、マルチステークホルダー・イニシアチブ)が紹介されている。


例えば、大量生産を前提とした既存のサプライチェーンと、循環型の仕組みをいかに共存させていくか。あるいは、服を売って終わりにせず、リペアやカスタマイズを通じて人と服の新しい関係をどう育てていくか。人間中心主義を離れて生態系や自然資本を含めた視点でものづくりを組み直すこと、企業・自治体・研究者・生活者など多様な主体が協働するガバナンスを築くこと。これら4つの戦略は決して独立したものではなく、ファッション産業をよりサーキュラーなシステムへ移行していくための、多角的な「入り口」として位置づけられている。

ただ、川崎さんは「新しくつくること」そのものを否定しているわけではない。哲学者アンリ・ベルクソンが人間を「ホモ・ファーベル(工作人)」と呼んだように、人間には本来的にものをつくる性質があるのだという。つまり、目指すべきなのは、「つくらない社会」ではなく、「より良いつくり方をつくる社会」である。

今回のトークセッションでは、こうしたトランジションデザインの視点を手がかりにしながら、各社がどのような実践を行っているのか、そしてどのような未来を思い描いているのかが語られた。


ファッションをどう移行させるか


トークセッションでは、川崎さんに加え、株式会社ユナイテッドアローズ サステナビリティ推進部 部長の玉井菜緒さん、株式会社リトルリーグ 執行役員 ロンハーマン事業部 デザイン生産部部長の徳永裕美さん、株式会社ゴールドウイン 理事兼ザ・ノース・フェイス事業本部副本部長の大坪岳人さんが参加した。

各社に共通していたのは、「どれだけ環境に良いものを作っても、それだけでは十分ではない」という感覚だった。どんなに責任ある素材を使った服でも、購入した人が数回着て手放してしまえば循環は生まれない。「作る側」だけではなく、「使う側」との関係をどう作り直していくか。『惑星のためのファッション』のデザイン戦略で言えば、それは「ファッション・リモデル戦略」の領域にあたる。

ゴールドウインの大坪さんは、大量生産・大量販売を行う企業だからこそ、生活者との関係性を見直していく必要があると話した。生活者が特別な意識を持たなくても自然と循環に参加できる仕組みと、自ら関わりたくなる仕掛け。その両方をどう実装していくかに可能性を感じているという。

それに呼応するように、ユナイテッドアローズの玉井さんは、小売業として生活者に最も近い立場から、「環境のためだから」という理由だけでは人は動かないと語った。服を着ることで気分が上がること。お気に入りの一着に出会うこと。誰かに会いに行きたくなること。ファッションには、本来そうした前向きな感情や体験を生み出す力がある。だからこそ、サステナビリティを実践するうえでも、その楽しさや高揚感を切り離して考えることはできない。環境に配慮することを「我慢」や「義務」にするのではなく、生活者が自然と参加したくなる体験としてどう届けていくか。玉井さんの言葉からは、そんな視点の大切さが伝わってきた。


一方で、もうひとつ注目されたのが「マルチスピーシーズ・サステナビリティ」の視点。ロンハーマンの徳永さんは、西陣織の老舗・細尾の取り組みを紹介。シルクを単なる素材としてではなく、生命を構成するタンパク質として捉え、科学者やAI研究者と協業しながら新しいものづくりを進めているという。その背景にあるのが、「テロワール」という考え方。ワインづくりでよく使われる言葉で、その土地の気候や土壌、生態系、文化といった固有の環境が、ワインの味わいや個性を形づくる。同じ品種のブドウでも、育つ土地が違えばまったく異なるワインになるように、その土地ならではの条件や歴史そのものが価値になる。徳永さんは、こうした視点をファッションにも応用できるのではないかと。全国に店舗を持つロンハーマンだからこそ、それぞれの地域に根ざした産業や文化、人とのつながりを育んでいくことができるのではないか。例えば、その土地ならではの素材や生産者と出会い、新しい商品や体験を生み出していくこと。あるいは地域のコミュニティと関わりながら、その場所にしかない価値を育てていくこと。ファッションを起点に、地域との新しい関係性をつくっていく未来の可能性についても語られた。

こうした話を受けて、川崎さんはテクノロジーについても補足する。AIや自動化という言葉からは、効率化や均質化をイメージする人も多い。しかし実際には、技術の使われ方は地域や文化によって大きく異なるという。むしろデジタル技術は、職人の技術を残したり、小ロットのものづくりを支えたり、地域ごとの固有性を未来へつないだりするための基盤にもなり得る。

テクノロジーは伝統と対立するものではなく、その土地ならではの知恵や文化を次の時代へ受け渡していくための、新たな道具として活用できるのかもしれない。


「リペアが当たり前になる社会」を想像する


「消費よりもリペアが優先して選ばれる社会をどう実現するか」をテーマに、イベント参加者によるワークショップも行われた。
まず参加者たちのあいだで共有されたのは、リペアが広がらない理由だった。

「そもそも誰が修理するのか」
「直すより新品を買った方が安い」
「近所にリペアできる場所がない」
「修理しやすい構造になっていない」
「直すこと自体に楽しさが少ない」

環境に配慮したい気持ちはあっても、日常のなかで実践するにはさまざまなハードルが存在していることが見えた。は、その壁をどう乗り越えていけばいいのだろう。

参加者たちの議論のなかから生まれたアイデアのひとつが、「リペアカフェ」という考え方だった。単なる修理工房ではなく、人が集まり、おしゃべりをしたり、コーヒーを飲んだりしながら過ごせるコミュニティの場としてリペアを捉え直すという。そこでは服を直すだけでなく、ものとの付き合い方を共有したり、お気に入りの一着について語り合ったりすることもできる。リペアそのものを目的にするのではなく、人とのつながりや体験のなかに自然と組み込んでいくのだという。

また、作り手の視点からは「分解可能性」という考え方も挙げられた。壊れたら捨てるのではなく、直しやすく、分解しやすく、アップデートしやすい構造を、設計の段階から考えておくこと。リペアを社会に広げていくためには、生活者だけでなく、作り手側の発想やものづくりのあり方も変わっていく必要性についても語られた。

ワークショップを通して浮かび上がったのは、リペアカフェが街に根付くために必要なのは、単なる”修理サービス”ではないということ。ものを大切に使い続けたくなる価値観や、お気に入りのものについて誰かと語りたくなるコミュニティ。そうした文化や関係性が育まれてはじめて、リペアは特別な行為ではなく、日常の選択肢になっていくのかもしれない。

「リペア」はトランジションデザインの入り口かもしれない

ワークショップで生まれたアイデアは、小さな実践に見えるかもしれないが、これらはすべて、ファッションをより循環的なシステムへ移行していくための「入り口」でもあるように思う。

トランジションデザインとは、遠い未来の理想像を描くことではなく、その未来へ向かうための道筋を考えること。より良いものをつくること。より長く使うこと。そして、人と人、人と自然の関係を少しずつ編み直していくこと。服を着るという行為は一人ひとりの選択から始まるが、その一着には、生産者や地域、生態系、そして未来の世代まで含めた多くのつながりが存在している。

ファッションの未来を考えることは、私たち人間だけの未来を考えることではない。惑星のなかで、さまざまな存在とどのように生きていくのか。その問いを、改めて考える時間となった。

執筆:乙辺 さゆり
撮影:荏原 陸

『惑星のためのファッション』

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