故郷とアイデンティティ 01
「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」に向けて
2024.08.26 Mon
みなさん初めまして。Goldwin Field Research Lab.メンバーの神田容佐です。これから始まる連載「故郷とアイデンティティ」は、FRL.と一般社団法人デサイロ(De-Silo)とのコラボレーションプロジェクトです。
今年4月にデサイロが開催した、人文・社会科学分野の研究者とアーティストがコラボレーションをして作品を発表するイベント「DE-SILO EXPERIMENT 2024」に伺い、その内容と姿勢に強く共感したことから、主宰の岡田弘太郎さんにお声がけをさせていただきました。
企画段階で様々なテーマが挙がる中、私自身が故郷をはじめとする様々な対象への”ノスタルジー”という感情に関心があったこと、また本文でも記述されている通り、激動の時代を生きる我々、またさらに新しい世代にとっての故郷や地域性、そしてそのアイデンティティの持ち方について考えることは、Goldwinの新たな領域のヒントになり得ると感じたことから、このテーマに決定しました。
私自身、このプロジェクトがどのようなゴールを迎えるのか全く想像ができていませんが、共同リサーチャーにお迎えした柳澤田実さん、谷口暁彦さんとともに、これからの社会を考える上で意義あるものにできると確信しています。
下記より岡田さんのこの連載に向けた序文をお読みいただき、このプロジェクトがどのような過程を経て、そしてどのような結論を導き出すのか、楽しみにしていただければ幸いです。
「故郷」とはなにか
「故郷」と聞いたときに、何を思い浮かべるでしょうか。自分が生まれ育った土地や、出身ではないものの長い時間を過ごした場所、あるいはメタバースやゲームなどの仮想空間上に「故郷」を感じる方もいるかもしれません。
本連載「故郷とアイデンティティ」では、故郷とその土地にひもづくアイデンティティを大きなテーマに置きながら、リサーチを進めていきます。
いま、私たちはかつてないほどに流動性の高い時代を生きています。コロナ禍を経て、日本国内での移住やワーケーション、旅をしながら働くことも一般的になりました。国外への移住も、増えていくかもしれません。一方、紛争や戦争による難民や、気候変動により移住を余儀なくされるなど、自身の意思ではないところでの「移住」の増加も予測されます。
そんな時代において、人々にとって「故郷」の概念や、自身の帰属意識やアイデンティティは今後どのように変わっていくのでしょうか? こうした問いを深めていくために設定したのが今回のリサーチテーマです。
研究者とアーティスト、それぞれの目線からアプローチする
リサーチを担当するのは、人文・社会科学分野の研究者とアーティストのおふたりです。研究者とアーティストそれぞれの目線から特定の地域について調査を行ない、その成果やプロセスを本連載を通じてみなさんにお伝えしていきます。最終的には、アーティストの方はリサーチを踏まえた作品を、研究者の方はリサーチの成果をまとめた論考を本連載にて発表します。
本連載においてナビゲーターとなるのは、哲学・宗教思想を専門とする関西学院大学准教授の柳澤田実さん、デジタルメディアを複合的に用いた美術作品の表現を追求してきたアーティスト/多摩美術大学美術学部准教授の谷口暁彦さんです。
なぜ、研究者とアーティストがコラボレーションするかたちでリサーチを行なうのでしょうか。そこには、本連載のプロデュースを担当する一般社団法人デサイロの活動が紐づいてます。
人文・社会科学分野の研究者とさまざまなプロジェクトを生み出すインキュベーターとして活動してきたデサイロでは、研究者とアーティストがコラボレーションして作品を制作し、パフォーマンスを行なう「DE-SILO EXPERIMENT」というプロジェクトに取り組んできました。
今年の4月には、DE-SILO EXPERIMENT 2024というイベントを開催。柳澤さんを筆頭とした4名の研究者と11組のアーティストがコラボレーションし、展示やパフォーマンスを実施しました。柳澤さんは「we-ness 私たち性の不在とその希求」を研究テーマとして研究を実施。その成果を踏まえて、バンド「んoon」との楽曲制作や、映像作家Pennackyとラッパー/トラックメイカー荘子itとの映像制作/パフォーマンスに取り組んでいただきました。
本連載「故郷とアイデンティティ」では、そのプロジェクトを発展させ、ゴールドウインが主宰する「Field Research Lab」とのコラボレーションにより、研究と表現の往還をより深めていくことを試みます。
自然と社会と人間をつなぐ「媒介者」として活動してきたゴールドウインとコラボレーションすることで、自然と都市、フィジカルとバーチャルなどの二項対立の間を探り、フィールドに紐づく「故郷とアイデンティティ」の新しい姿をともに探求していきます。
「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」をめぐって
「故郷とアイデンティティ」というテーマに対し、今回は「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」という視点からリサーチを試みます。そのテーマについて、柳澤さんは次のように解説します。
「故郷」と聞くと、「懐かしい」という感情やノスタルジーを想起する人が多いでしょう。ノスタルジーの心理を研究するクレイ・ラウトリッジによれば、ノスタルジーは社会不安の時期に高まり、個人の帰属意識や自己継続性の感覚を強め、死などの実存的な脅威に対する緩衝材になるのだそうです。実際、気候変動のなかで慣れ親しんだ風景を失いつつある現在、この「懐かしい故郷」を求める機運は一層高まっていくのかもしれません。気温の上昇によって、すでに生存可能な気温を超えた赤道近くのアフリカやマーシャル諸島の人々は移動を始め、一部難民になっています。こうした人々は気候変動難民と言われますが、フランスの社会学者ブルーノ・ラトゥールによれば、実際に移動を強いられる人たちだけではなく、慣れ親しんでいた環境を失っていく人類全体が、故郷を失い、難民化しているとも言えます。事実、毎年どんどん暑くなる状況で、本来の夏がどうだったのかについての記憶は朧げになる一方ではないでしょうか。
またそもそも「懐かしい故郷」というもの自体、実在するのかさえ疑わしいものでもあります。ノスタルジーという概念は当初医学的な概念として登場し、18世紀のロマン主義の時代に、古代ギリシャ・ローマなど理想化された過去を愛好する文化に結び付きました。アメリカ合衆国という国はノスタルジーを愛好する文化風土を持っていますが、彼らが作った「郊外」の風景もまた開拓時代への郷愁と牧歌的幻想が作り上げたものでした。ウォルト・ディズニーが郷愁と牧歌的幻想を人工的に追求した場所こそディズニーランドですし、NYのダウンタウンなど現在アメリカで最も地価が高い地域は、ノスタルジックな景観が人為的に再現された地域にほかなりません。「故郷」とは多くの人にとって虚構(フィクション)でありシミュラークルなのかもしれません。
「あったはずの過去を取り戻す」というアメリカ人が得意とする方法がメジャーになり、ノスタルジーは若者の間でも流行しているようですが、これは「故郷」に対するアプローチとして唯一のものではないはずです。例えばユダヤ系の作家が得意とするように、幼少期の「原体験」にダイレクトに接近する方法もあるでしょうし、日本の伝統的文化に見られる抽象的な風景への愛着もまた西洋的なノスタルジーとは違うようにも思われます。このプロジェクトでは、人類は様々なレベルで「故郷」を喪失しているという前提に立ち、この「故郷」という人間の心の拠り所に対してどのようなアプローチを取るべきなのか、現実と虚構のレイヤーを可視化する素晴らしい作品を生み出してきたメディア・アーティストの谷口暁彦さんと探究したいと考えています。
本連載の過程では、柳澤さんと谷口さんがフィールドリサーチを実施し、その様子もレポート予定です。最終的には「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」をテーマとした谷口さんの作品と、柳澤さんの論考をみなさんにお届けする予定です。
連載第2回では、柳澤さんと谷口さんの対談を通じて、今回のテーマをより深めていきます。みなさん、どうぞお楽しみに!
この記事の著者
De-Silo
岡田弘太郎
一般社団法人デサイロ代表理事。一般社団法人B-Side Incubator代表理事。研究者やアーティスト、クリエイター、起業家などの新しい価値をつくる人々と社会をつなげるための発信支援や、資金調達のモデル構築に取り組む。1994年東京生まれ。慶應義塾大学にてサービスデザインを専攻。