自然がひらかれるとき 01

エベレスト街道をリサーチする

2025.05.02 Fri

みなさん、初めまして。Goldwin Field Research Lab.の上沢勇人です。これから始める連載はFRL.とkontaktとのコラボレーションプロジェクトです。

世界最高峰エベレストを擁するネパールのサガルマータ国立公園。毎年多くの観光客が訪れるこの地は、雄大な自然の魅力の裏側で、ゴミ問題や氷河の融解、地域住民の暮らしの変化といった様々な課題を抱えています。

観光の拡大は、自然環境や生態系、そこに住まう人々の文化にどのような影響を与えるのか。日本の国立公園の未来を考える上で、重要な示唆を持つこのフィールドに、編集者の柴田准希さんと訪れ、リサーチを実施しました。

本連載では、サガルマータ国立公園とその中心にそびえるエベレスト、そしてそこに生きる人々の視点を通して、観光地として「ひらかれる」自然の現状を記録し、その意味を問い直していきます。

コップの氷と、エベレストの氷

コップの中に氷を入れると、氷は溶けて飲み物は冷える。僕たちのアクションは何に影響を与えているのか。もしかしたら、それはヒマラヤの氷河を溶かしているかもしれない。

出発前、本リサーチに同行した美術家・保良雄は言いました。

すべての物質は、時間の経過とともに周囲の温度へと近づいていきます。そのため、私たちが普段手にする 冷たい・温かい飲み物は、人為的な調整がなされた状態であると言えます。しかし、なぜそのように調整がなされるのでしょうか。私たちは、暑い夏に冷たいものを、寒い冬に温かいものを飲みたくなります。この「〇〇したい」という欲望があるからこそ、それらは存在しているのでしょう。冷たいものを飲みたいという欲望はコップの中の氷を溶かします。それでは、エベレストの氷河を溶かしているのは一体何でしょうか。

地球上で最も高く、それゆえに観光地化されてきた山・エベレスト。この山が位置するネパール東部のソル・クンブ郡は、標高8000mを超える山々が連なる「世界の屋根」として知られ、登山やトレッキングのメッカとなっています。特に、北部に位置するクンブ地方は、全域がサガルマータ(エベレスト)国立公園に指定され、世界中から年間約8万人の観光客が訪れています。この地域には、エベレストなどの高所登山のサポート役として知られるシェルパ族をはじめ、グルン族やタマン族といったさまざまな出自を持つ約8000の人々が暮らしてます。また、エベレスト・チョモランマ・サガルマータなど多くの呼び名があることからわかるように、この山はさまざまな文化と結びついた場所でもあります。

本リサーチの目的

私たちがリサーチの対象として、エベレスト街道を選んだ理由は2つあります。

①サガルマータ国立公園の現状把握

日本の国立公園と同様に、サガルマータ国立公園も園内に人々が暮らしています。2020年10月、ゴールドウインは環境省と全国35ヶ所ある国立公園の持続可能な保護と利用に向けて『国立公園オフィシャルパートナーシップ』を締結しました。すでに一部では、国立公園を知って体感してもらうために、その地域に暮らす案内人が語るストーリーとガイドツアーを展開しています。私たちは活動を継続していくにあたり、ある場所を観光地としてひらくことが、その内部、つまりはそこにある自然環境や文化、人々の生活にどのような影響を及ぼすのかを知っておかなければならないと考えています。豊かな自然環境や暮らしのある場所を外部にひらくということが何を意味するのか。その理解を深めるために、サガルマータ国立公園を対象にリサーチを行いました。

②美術家・保良雄のサポート

ゴールウインは2021年から、スポーツの起源である「遊び」を通して、自然や環境との新たな関わりを生み出していく「PLAY EARTH」というコンセプトを掲げ、アーティスト・アスリート・研究者とコラボレートしながら『PLAY EARTH PARK』などの活動を展開してきました。その過程で多くのアーティストと関わる中で、制作過程におけるリサーチの大部分が自己負担で行われている現状が分かってきました。企業としてアーティスト支援の在り方を模索する中で、その第一歩として、数年前からネパールで氷河のリサーチを続ける美術家・保良雄に衣装提供などの支援を行い、彼のリサーチに同行しました。

@Natsuko Kito

保良 雄

人間を含む生物や無生物など、さまざまな存在を「存在」として認めることを制作の目的としている。また、作品制作の一環として農業や養蜂を営みながら、アートの媒介者としての実践を続けている。その制作手法は、手仕事から最新テクノロジーの駆使まで多岐にわたり、エコロジーに潜む優劣や格差などへの批判も織り込んでいる。

保良雄がアンナプルナ調査で採取した氷河サンプル。
《comos》(銀座メゾンエルメス フォーラム、 2024) ©Kenji Takahashi / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès
《house》(銀座メゾンエルメス フォーラム、 2024) ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès
《種まく人》(百年後芸術祭-内房総アートフェス-、 2024) ©Aki Itagaki (Nacása & Partners Inc.)

1分の1スケールのエベレスト

私たちは、雨季が明け乾季の真っ只中である11月初旬、首都カトマンズから標高約2800mに位置するルクラ村の飛行場へと到着しました。エベレスト街道は、ルクラ村からエベレストベースキャンプ(以下、EBC)までを結ぶ全長約65kmのルートであり、世界中から観光客が訪れる人気のトレッキングコースです。私たちは、1人のガイド・2人のポーターとともに約2週間をかけてこのルートを歩きました。

本リサーチで実際に通ったルート(青線)

この街道は、トレッキング客だけでなく地元住民にとっても欠かせない交通路です。EBCを目指すトレッカーのほかにも、食材を運ぶ地元の人々や学校へ通う子どもたち、荷物を運ぶヤクや馬など、さまざまな目的を持つ人と動物が行き交っています。私たちは、ロッジへと改装された家屋に宿泊しながら、いくつもの村を経由してEBCへと向かいます。

滑走路527m、世界一危険な空港・ルクラ飛行場。
地元の人々は、デニムにサンダルとラフな格好で歩く。
ヤクなどに合わせ、階段の踏面は広く設計されている。
標高3,000m以上の高地にのみ生息するヤク。
薪に乏しいクンブ地方では、ヤクの糞が貴重な燃料。
沿道には、トマトなどを育てる家庭農園が見られた。

インターネットにはエベレストに残された膨大なゴミや氷河の融解に関する情報が溢れています。その一方で、そこに暮らす人々の声が十分に記録されているとは言えません。彼らは普段何を食べ、何をしているのか。どんなことに喜び、どんなことに悲しんでいるのか。私たちは、これまでに蓄積されてきたリサーチに基づく客観的な視点と、今そこで生きている人々の主観的な視点を行き来しながら、サガルマータ国立公園で現在進行形で起こっている事象を記録していきます。

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FRL

この記事の著者

kontakt

柴田准希

1997年富山県生まれ。大学ではスポーツバイオメカニクスを専攻。卒業後、広義のファッションに関わる仕事をしたいと考え、2023年にkontaktに入社。

ガイド

国際山岳ガイド

Ashish Gurung

1991年、ネパールのマカルー地方、リンガム村に生まれる。2010年に登山遠征隊のキッチンボーイ(調理補助)としてキャリアをスタートさせ、2016年より本格的にガイドトレーニングを開始。約6年間にわたる研鑽を経て、2022年に国際山岳ガイド連盟(IFMGA)認定ガイド資格を取得。現在は、英語と日本語を駆使し世界各国から訪れる登山者のガイドを務める。2025年には自身のガイド会社「Summit Solution Treks & Expedition」を設立し、さらなる挑戦と活動の幅を広げている。これまでに、エベレスト4回、ローツェ2回、アマ・ダブラム5回の登頂を果たし、さらに数々の6,000m級の峰々にも登頂するなど、豊富な登頂実績を誇る。

写真

Goldwin Inc.

上沢勇人

2019年入社。THE NORTH FACE STANDARDのショップスタッフを経て、2023年よりマーケティング部所属。趣味はロングトレイルやバックパッキング。ここ2年ほどはトレイルランにハマり100mileの完走を目指してトレーニング中。

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