アスリートと言語化 #01

競技名を伏せたとき、
あなたに何が残るのか

2026.09.25 Fri

数値や成績、あるいは単なる精神論としての根性ではないものとして、
「アスリートの経験は、社会でどう翻訳されるのか」

この問いから始まった本リサーチは、引退によって競技成績という明確で絶対的な評価軸を失ったアスリートの身体感覚や思考の方法や癖を「生きるための素材」として再定義し、再び社会という広大なフィールドと接続して自らを更新していけるのかを探る試みです。

その背景には、12年間の競技スキー人生を経て社会に出た私自身の、「競技経験が目の前の社会や仕事にうまくフィットしていないのではないか」という、問題意識があります。
過酷な練習を重ね、コンディションを整え、ゼロコンマ何秒を争ってきたプロセスは、必ず社会で生きる上での強みや土台になると信じたい。しかしその一方で、それを社会の共通言語へと明確に変換・説明できないもどかしさをずっと抱えています。過去の経験を単なる思い出や過去の栄光とするのではなく、新しい舞台で機能する大きな強みへと変える手法を見つけ出したいという目的から、このリサーチは出発しています。

今回お話を伺ったのは、競泳のオリンピアンであり、国連児童基金(ユニセフ)での活動を経て、現在は環境問題とスポーツを繋ぐ第一人者として精力的に活動されている井本直歩子さんです。
アトランタ五輪出場というトップアスリートとしてのキャリアを持ちながら、世界の紛争地など、極めて過酷な最前線へ身を投じた井本さん。彼女の歩みと語りから、私は過去の実績という記号を一度横に置いたとき、初めて見えてくる「汎用的な能力の引き出し方」という重要な仮説を得られるのではないかと考えました。井本さんとの対話を通じて、スポーツが私たちに授けてくれた能力の解像度を、一つずつ深めていきます。

  •   井本直歩子 元競泳日本代表


    1996年アトランタ五輪女子4×200mフリーリレーで4位入賞。慶應義塾大学卒業後、マンチェスター大学大学院にて開発支援修士号を取得。ユニセフ(国連児童基金)教育専門官として、紛争・災害支援の現場であるハイチ、シエラレオネ、ギリシャ等に赴任。現在は一般社団法人「SDGs in Sports」代表理事を務め、スポーツを通じた社会課題の解決やジェンダー平等、環境保全活動を推進している。

過去の勲章を素材に変える
「体力」の裏側に潜む、自己規律と目標への歩み方

井本さんとの対話がはじまり、自身の誇れる強みとして最初に出てきたのは体力という言葉でした。

正直に明かすと、これまで私は、アスリートが自らの強みとして「体力がある」と口にするとき、どこか半ば諦めを含んだ消極的なニュアンスを感じていました。「寝ないで頑張れる」「不眠不休で耐えられる」といった根性論的なタフネスとして語られがちで、専門的な知性やスキルの代替案として、他に言いようがないから便宜的に使われているのではないか、と捉えていたからです。

しかし、井本さんの語る「体力」の背景に触れた瞬間、その捉え方は根本から覆されました。ここで言う体力とは、単なる身体的な頑丈さや徹夜に耐える根性ではありません。どれほど先の見えない不確実性の高い状況であっても、目指すべき地点に向かって自らの思考と行動を冷静に整え、泥臭く行動を継続し続ける自己規律(セルフ・ディシプリン)の代名詞だったのです。

これまでの競技経験を社会の文脈へどう繋いでいくか、その手探りの一歩目を井本さんがどう踏み出したのか。競技生活を終えて社会に出たときに自身の経験がすぐに役立つ感覚があったのかを尋ねると、彼女は朗らかに、しかし本質を突く答えを返してくれました。

「当時は、どのスキルが引退後に転用可能なものなのか、全く分かりませんでしたよ。国連職員になってからも、何が活きているかと聞かれたら『体力です』ってずっと答えていたくらいです(笑)。

でも、後になってから気づいたんです。どれほど困難な状況であっても諦めず、本来目指すべき目的を果たすために一歩一歩突き進むときに、『あ、自分はアスリートなんだな』と実感することに。国連での私の目標は、厳しい環境にいる子どもたちに一刻も早く支援を届け、彼らが自律して生きていける仕組みを作ることでした。その高い目的に対して、多角的に計画を立て、諦めずにコツコツとプロセスを重ねていく。その課題に向き合い、着実に歩みを進めていく感覚を持って、今の場所でもう一度試行錯誤を愚直にやるだけだったんです」

社会に出て最初に機能するのは、過去に獲得した特定の “大会の実績” や “順位” そのものではありません。未知の課題や不透明な現場に直面した際の、「目的への向かい方や試行錯誤の作法」です。何に到達したかではなく、いかにして課題に向き合い歩んだのか─。

そう捉え直すと、新たなフィールドでまだ専門的な実績や知識を積み上げている途上にある人間にとっても、身体に染み付いている「課題と向き合い、自らを動かしていく作法」は、変化の激しい現代社会において確かに機能する、唯一無二の武器となり得るのではないでしょうか。

肩書きを脱ぎ捨てる
「スケルトンの私」を、どう愛せるか

しかし、その課題に向き合う作法を新たなフィールドで素直に機能させるためには、時にそれまでの強固なアイデンティティや過去の成功体験を一度解体するプロセスが必要となったそうです。

井本さんは国連職員としてアフリカなどの支援現場に赴任した際、現地で元オリンピアンであることを自分から口にすることは一切なかったと言います。当時は過去の競技実績を社会の文脈に無理に接続させること自体に意味を見出しておらず、日常の仕事と過去の競技人生を意識的に切り離していたためです。

現役時代のアスリートは、「自分は特別だ」「自分ならできる」という強い自己信頼と意識によって、極限のプレッシャーを乗り越える側面があります。実際に私も自己暗示をかけ、大会に挑んでいました。

競技を退いた後、その強固なプライドやアイデンティティをどのように整理し、手放していけばよいのでしょう。

「私は『自分は特別なんだ』というプライドは、意識的に手放そうとしていました。引退後、誰も自分の実績を知らない環境に身を置くのは、評価してもらうまでに確かに時間がかかりますし、うまくいくまでには孤独や寂しさを感じることもありました。でも、メダルや過去の実績はひとつの結果であって、それによって人間として自分が偉いわけでも、特別優れているわけでもない。大事なのは、どんな場所でも『謙虚に学び続ける姿勢』でした。

実は、15年間勤めたユニセフを離れたときにも、ふと考えたんです。『大きな組織の看板や肩書きを取り払った、スケルトンの私には何が残っているんだろう?』と。国連という組織に守られ、大きな資金やステータスの中で評価されることに、無意識のうちに安住していた自分に気づいたからです。

組織の肩書きや過去の威光という安心感を手放し、あえて何もない状態に身を置いたことで、他者からの評価や比較ではない、自分自身にとっての『本当の幸せや納得感の尺度』をようやく見つけることができました」

過去の実績という装飾で身を包み、自らを大きく見せることで安心を得ようとするのではなく、過去の勲章を一度そっと横に置き、何の肩書きも通じない環境へあえて身を投じる─。それは非常に勇気のいることですが、だからこそ組織や実績に依存しない「個としての骨組み」の強度を直視し、高めていくことができます。

他者からの評価という外部の軸だけに依存するのをやめ、自分自身の内なる尺度を再構築していくこと。これこそが、過去の自分を健やかに手放し、次のステージへと真に脱皮していくための不可欠なプロセスなのだと感じました。

自分との約束を守る
可視化されない世界での「自己基準」

客観的な “順位” や “タイム” が存在しない社会での営みにおいて、私たちは何を指標にして努力を積み重ねていけばよいのでしょうか。数値化されない曖昧なフィールドでは、自分の成長や立ち位置が見えづらくなり、「本当に自分は前進できているのだろうか」という手応えのなさに悩まされることが少なくありません。

この問いに対して、井本さんは自分の最低ライン(ベースライン)を死守するという感覚について語ってくれました。それは他者との比較や排他的な格付けではなく、どんな状況であっても、自分に対する誠実さや仕事の品質を落とさないという、自己との約束です。

「社会での営みはスポーツのように明確な数字や順位で評価されにくいため、自分の中で納得できる目標や成長のプロセスを『可視化』していくことがとても大切になります。

そしてもう一つ、私が大切にしてきたのは『自分との約束を裏切らない』という感覚でした。アスリートって、どのような状況であっても『ここだけは絶対に妥協しない』という自分自身のクオリティの基準を持って練習や試合に臨んできたはずですよね。

自分の納得できる最低限のベースラインをしっかりと保ち、そこから横へ視野や活動を広げることはあっても、自分への誠実さを損なうような低いクオリティには決して落ち込まない。自分が大切にしたい価値観やキャリアの姿を描けていれば、焦らずに納得のいく積み上げができます。20代や新しい環境での迷いや試行錯誤は、一見遠回りに見えても、すべて後で自分を育てる豊かな『肥やし』になっていきますから」

私自身、極限の緊張の中でスタート台に立ち、どれほど足が震えていても「この一本だけは自分の滑りを絶対に貫く」と心に決めた記憶があります。井本さんの言葉に触れ、その感覚は社会に出て目標の方向性が不透明になったときにも、目の前の課題から逃げず、自分との約束を裏切らない自己規律として完全に応用できるのだと理解できました。

他者からの格付けに振り回されるのではなく、「自分に対する誠実さの基準」を保持すること。迷走してもいい、しかし自分との約束は破らない。その規律さえあれば、手応えの掴みにくい試行錯誤の時期であっても、やがて自らを大きく育てる貴重な素材へと変わっていきます。

評価軸を「自分」へ取り戻す

井本さんは30代を迎えたとき、それを一つの起点として、5年後・10年後を見据えた指針を立ててきたと言います。その根底に一貫してあったのは、徹底した自問自答の習慣でした。

勝敗や順位という明確な外部評価に晒され続けてきたアスリートほど、引退後も無意識に「他者からどう見られるか」「社会的に評価される立場かどうか」を気にしてしまいがちです。どのようにして評価軸を外部から自分自身へと取り戻していけばよいのでしょうか。

「周りからの評価が気になってしまうのは、人間の感情としてとても自然なことです。私自身もその気持ちを感じつつ、国連での活動中も『これは本当に自分が心を寄せてやりたいことなのだろうか?』と絶えず自問自答を重ねてきました。

周囲や社会が評価するからではなく、自分が本当にその取り組みに意義を感じ、誇りを持てるのかどうか。親や世間の目による義務感ではなく、自分自身の自発的な『関心』や『好き』という気持ちを重ねていくこと。その積み重ねこそが、結果として誰にも揺るがされない個人の強さになっていきます」

アスリート時代に培った客観的に現状を把握し、課題に向き合う力を、今度は自分自身の納得感や幸福感のために使い直すこと。他者との比較から抜け出し、自分にとって価値ある尺度を時間をかけて形成していくプロセス。これこそが、競技を離れた個人が社会の中で一人の「自律した主体」として成熟していくための、最も重要な翻訳作業なのだと実感します。

競技名を伏せた「チャレンジャー」の輪郭

対話の終盤、井本さんはご自身の現在の姿をチャレンジャーという言葉で表現されました。それは過去にオリンピアンだったから名乗れる特権的な言葉ではありません。むしろ過去の実績という肩書きを一度横に置き、「骨組みとなった自分」で未知の課題に挑み続けている、現在の姿勢そのものを指しています。

本リサーチの出発点であった「アスリートの経験は、社会でどう翻訳されるのか」という問い。井本さんとの対話から見えてきたのは、過去の実績を誇示することではありませんでした。どんな環境であっても自らの姿勢を調律し、課題に対する「試行錯誤の作法」を再構築していくしなやかな自己規律です。

限界に挑んだ経験を客観的な座標として活用し、目の前の壁を乗り越えていく視座

外部の評価軸に翻弄されることなく、自らの価値体系に基づき納得感を積み上げていく意志

これらはアスリートという属性を超えて、不確実で変化の激しい現代社会を生きる私たちすべてにとって、普遍的な「自己翻訳」のヒントとなります。

リサーチの現在地と、次なる問い

今回の対話を経て明確になったのは、「過去の競技実績そのものが直接的に役立たなくとも、課題に向き合う中で培われた『試行錯誤の作法』や『自分への誠実さを保つ自己規律』は、競技名を伏せても残る普遍的な素材になり得る」ということです。

一方で、今回の対話を通じて、さらに深掘りすべき新たな問いも浮かび上がってきました。

それは、井本さんのように「過去の肩書きや実績を完全に切り離すこと」がすべてのアスリートにとっての唯一の正解なのか、あるいは「過去のアイデンティティをあえて保持し、肯定しながら社会へ適応していく別の翻訳ルート」も存在するのではないか、という点です。

同時に、個人の意志だけでなく、選手が置かれていた “競技環境” や “キャリア構造” の違いも大きく影響しているという仮説が生まれました。井本さんが現役だった当時の競泳界は学生選手が中心であり、「競技生活の先にある人生」を比較的早い段階から見据えざるを得ない環境がありました。それが結果として、セカンドキャリアへの滑らかな移行を後押しした可能性があります。また、若くして海外遠征を重ね、多様な価値観や厳しい現実を目にした体験が、国際協力や社会課題への関心へと自然に繋がっていきました。

競技種目のマーケット規模、引退時の年齢、あるいは国際経験の有無によって、社会への翻訳の難易度やアプローチ手法は大きく変化するのかもしれません。

「過去のアイデンティティは一度手放すべきなのか、それとも抱えたまま進むべきなのか。そしてそれらは環境や種目特性によってどう変化するのか─」

この記事をシェアする

FRL

この記事の著者

Goldwin Inc.

鈴木英

2025年ゴールドウイン入社。DX推進室所属。小学4年生の時にアルペンスキーを始める。中学2年生の時にゴールドウインがオフィシャルスポンサーを務めるナスターレースにて世界レースの出場権を獲得し、本格的に競技スキーに取り組む。2023年スキークロス全日本選手権大会に出場し優勝。アルペンスキーとスキークロス競技に取り組みながらヨーロッパを中心に海外レースを転戦。

リサーチメンバー