体を動かすことと想像力にはどんな関係にあるのだろう
「想像」を辞書で引くと、
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実際には経験していない事柄などを推し量ること。また、現実には存在しない事柄を心の中に思い描くこと。 (デジタル大辞泉)
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おもいやること。実際には経験のない事物、現象などを頭の中におもい描くこと。根拠のある推測や、現実からかけはなれた空想をもいうことがある。心理学では、現在の知覚にあたえられていない事象を心におもい描くことにいい、過去の経験を再生する再生想像と、過去の経験を材料にして新しい心像を創造する創作想像とに分ける。 (精選版 日本国語大辞典)
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とあります。
絵を見るとき、現実にそこにあるのは絵の具やキャンパスもしくは鉛筆で書かれた線やペンの色ですが、私たちはその画材そのものを見るのではなく、そこに描かれた何らかのイメージを観て、描かれたものについて考えをめぐらすことで、”絵を観る”という想像的な経験をしており、音楽も同様に、ドやレやミという音が連なっていくことで、何らかのイメージが喚起され、”音楽を聴く”という想像的な経験をしています。
つまり想像力とは、認知したある”部分”から、未知の関係性や世界、全体を捉える力、思い巡らせる力のことなのではないか。
描かれた線や色、演奏された音から私たちが考え、思い、想像するのは、それらが喚起する感情や感覚、時間(歴史)や経験、環境、関係、知識が組み合わさったものです。そこで発揮され、培われる想像するという経験や力は、自分と異なる他者と生きていかなくてはいけない社会生活においても必要な力なはずです。
例えば、外見や立ち居振る舞いから社会的な立場や職業など、多様な要素が複雑に組み合わさったひとりひとりの人間を思い込みで決めつけず、想像を更新し続けながらコミュニケーションすること。また、見ず知らずの他者におきた悲劇や苦悩にも思いを馳せ、その悲しみをなくし、よりよい社会をつくろうとすること。さらにまた、人間の振る舞いによって負の影響を受けてきた多様な生命や自然環境の存在と有り様を理解し、未来につなげていくこと。
何が想像力を育むのか
そうした想像力を育み、発揮するものとして、原初的な体験をベースとした自然体験や遊び、読書や芸術といった脳、もしくは精神に関わるものが多く例に挙げられます。一方で遊びから発展したスポーツにおいて、想像力が問題とされたり、想像力が豊かになるという観点から語れることは多くないような気がします。それはなぜでしょうか。
・身体と運動にとって想像力は何を意味し、どんな意味で使われているのか。
・競技成績を求める限りにおいて、想像力は優先順位が低いのか。
・スポーツや身体の運動、身体操作を通じて想像力を養うことは可能か。
・もし運動に想像力が欠かせない場合、トップアスリートの想像力は優れているのか。
・身体の運動を観ることや指導するうえで想像力はどんな役割を果たすのか。
・観る想像力と運動の想像力はどんな関係にあるのか。
etc…
身体や運動と結びついた想像力、養われた想像力は、より対象を広げた想像力としても機能するのでしょうか。例えばそれは対人コミュニケーションや社会課題、そして環境問題などへの想像力として。
「In nature nothing exists alone.」
あまりに多くの存在と現象が複雑に絡まり合う自然の活動と、人間の時間軸を超えて終わることなく続く過去と未来。自然は、人間の想像を超えた仕組みと働きをもっているけれど、人間は自然の存在や仕組みの全体を理解することは難しい。地球は人間にとってあまりに大きく、あまりに長い時間を生きています。自然保護、気候危機という課題がなかなか届かず、実践が徹底されないのも、そうした壮大さ、膨大さを想像し切れないことにあるのではないか。
『センス・オブ・ワンダー』で知られる海洋生物学者のレイチェル・カーソンは『沈黙の春』のなかで、「In nature nothing exists alone.(自然界において己だけで存在し得るものはいない)」と言いました。生命、非生命どちらも自然においては他の何かと関係しています。自然も人間社会も、何ものも単独で存在することはできない世界と私たちが向き合うために、私たちは見えている世界の前と後を想像し続けなくてはいけません。
スポーツやさまざまなアクティビティを推進し、想像力の大切さを訴えるゴールドウインはスポーツと想像力の関係をどう捉え、アプローチしていくべきか。
ひとつの身体とそこからつながる想像力を考えるべく、個人の身体と運動・スポーツの関係を紐解いていくことから始めることになりますが、その先にある運動・スポーツと社会の関係を考えることにもつながっていきます。
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個人競技、団体競技でトップアスリートとして活動してきた方々に伺った、競技における想像力やダンスのワークショップを通じて身体を”観る”想像力と身体を”動かす”想像力、バーチャルな視覚体験と身体の関係、アート制作と音楽の協働における想像力の働き、障がいを持った方々が運動を行う際に行っている想像力の使い方など、様々な角度からリサーチを行っていきます。
この記事の著者
good and son
山口博之
FRLエディトリアルディレクター/ブックディレクター/編集者
1981年仙台市生まれ。立教大学文学部卒業後、旅の本屋BOOK246、選書集団BACHを経て、17年にgood and sonを設立。オフィスやショップから、レストラン、病院、個人邸まで様々な場のブックディレクションを手掛けている。出版プロジェクトWORDSWORTHを立ち上げ、折坂悠太(歌)詞集『あなたは私と話した事があるだろうか』を刊行。猫を飼っているが猫アレルギー。
https://www.goodandson.com/